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巾着田の曼珠沙華群と、出世のパワースポット高麗神社散策

巾着田の曼珠沙華

巾着田は燃えるような赤が広がる曼殊沙華の群生地

コロナ感染症の影響で、2020年、2021年は中止していた「巾着田曼珠沙華まつり」が今年は開催されました。
直径約500メートル、面積約22ヘクタールの川に囲まれた地に、日本最大の500万本の曼殊沙華が、黄緑のまっすぐに伸びる茎から花火のように咲き、それらの花が密集して、平地に赤一面に広がっています。
下流側は花の盛りは過ぎていましたが、上流側は満開の状態で、燃えるような赤い花の群生が圧巻です。

美しい花には毒がある、だからきれいな曼殊沙華にも毒がある

子供の頃に祖母から「曼殊沙華(彼岸花)を家にもって帰ると火事になる」と言われ、切って持って帰るのはいけないと思い、今までずっとそれを守っていました。
また祖母から曼殊沙華には「地獄花」、「死人花」、「幽霊花」という別名があるということを聞かされ、きれいだけれど不吉で、そっと見るだけの怖い花という印象がありました。

曼珠沙華(巾着田) 

この曼殊沙華ですが、花、葉、茎、根に毒があります。曼殊沙華は、アルカロイドの一種とされるリコンという毒が含まれる「全草有毒」いう毒性のある植物です。特に球根の部分には、その毒が多いということで、食べると死には至らないそうですが、下痢、嘔吐、中枢神経の麻痺などが起こるそうです。
そのため、田を荒らすモグラやネズミ除けに、田畑の周辺に植えられています。お墓の周囲に植えられるのもそのような意味だと聞きました。
昔、祖母から聞いた「曼殊沙華を採ってはいけない」という理由も、これでうなずけます。

高麗人の歴史と関係する巾着田

巾着田は、埼玉県日高市の高麗川が蛇行して巾着のような地形になったことから名づけられた地名です。この土地を高句麗から渡来した人々が開拓して稲作を伝えたので、この地の名前が巾着田となりました。

巾着田の歴史は古く、朝鮮半島の白村江の戦いに遡ります。朝鮮半島と満州には百済、高麗、新羅の国が台頭し、三国時代でしたが、660年に唐と新羅の連合軍が百済に攻め込みます。633年有名な白村江の戦いで、百済の再興をかけて百済と倭(日本)の軍が、唐と新羅の連合軍と戦いますが、倭軍が大敗し、百済が滅亡します。百済滅亡に続き、唐と新羅の連合軍は高句麗に攻め込み、688年に高句麗が滅亡して三国時代が終焉します。
その戦いに敗れた高句麗の王朝の貴族や一般の人々が、日本に渡来します。それらの高句麗から渡来した人々(高麗人)は、日本各地に住んでいましたが、後の716年に現在の高麗に高麗郡が置かれ、この地に移住することになりました。

高麗神社は強力な上昇運と出世運のパワースポット

巾着田から少し足を伸ばすと、高麗神社があります。高麗神社将軍標高麗神社は、渡来した高句麗人によって建立された神社で、高句麗の王族の高麗王若光を主祭神としています。
神社の参道の入り口には、朝鮮半島の魔除けである将軍標があり、高麗人の文化を感じることができます。
  
この高麗神社は、参拝後に総理大臣を6人も輩出したということで、強力な上昇運や出世運をもたらすとして、政財界からの参拝者が多い神社です。
出世のパワースポットとしても有名ですので、運気を上げたい方、出世したい方は是非足を運んでみてはいかがでしょうか。
 高麗神社社殿 高麗神社鳥居 高麗神社御朱印 高麗神社神楽殿
 

2022年09月26日 19:00

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