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木場の洲崎神社は「玉の輿」と「防災」のスポット

江東区木場洲崎神社鳥居

江東区木場の洲崎神社は、江戸時代は海岸の景勝地

東京都江東区木場6丁目の洲崎神社は江戸時代には洲崎弁天社と呼ばれ、海岸に面した風光明媚な景勝地としてにぎわったそうです。明治時代の神仏分離によって洲崎弁天社から洲崎神社と名を改めています。
かつての海は埋め立てられているため、現在は神社の周囲には人家が並びますが、大通りから一本入るので、静かで下町の情緒も感じることができます。

洲崎神社は、「玉の輿」の神社としても知られている

1700年(元禄13年)に、徳川家の3代将軍の家光の側室で5代将軍綱吉の生母である桂昌院が、守洲崎神社玉の輿たまちゃんり本尊として崇拝していた弁財天を、江戸城内紅葉山からこの地に遷座して「洲崎弁天社」を建立しました。
桂昌院は、京都の堀川の八百屋仁左衛門の次女でした。このお玉は後に大奥に入り、春日局に見出されて3代将軍家光の側室となって綱吉を出産し、お玉の方と呼ばれていました。お玉の方は、家光の死後に出家して桂昌院となりました。
このお玉さんが、八百屋の娘から大出世したことから、「玉の輿」という言葉ができたそうです。
洲崎神社には、桂昌院にちなんで令和元年から「玉の輿たまちゃん」が境内に設置され、お玉さんや玉の輿にちなみたい女性が参拝に訪れています。

かつて深川洲崎一帯は、高潮に襲われ被害が出ている


洲崎神社江東区木場

1791年(寛政3年)の9月に満潮時に大雨・暴風雨により、深川洲崎一帯は高潮被害が起こり、多数の死者や行方不明者がでています。洲崎神社には、それを伝える波除碑が建てられています。

ちなみに地下鉄東西線木場駅(木場5丁目)は海抜-0.2mです。
海に面し、埋め立て地も多い江東区には海抜0m地帯や海抜がマイナス地帯も存在しています。また地盤沈下によって、満潮時の海面より低い土地もあるため、荒川の氾濫や高潮の被害も想定されています。

東京においては、他の区でも洪水や高潮の被害想定があります。そのうえ、いつ来るかわからない地震にも備えておかなければなりません。
洲崎神社の波除碑を見て、日ごろからハザードマップを見て、防災に備える必要性を感じました。
今年もですが大雨などの被害が甚大化しています。いつ起こるかわからない災害に対して、油断せず備えは万全にしておきたいものです。
 
※参考としてご覧ください「江東区洪水高潮ブックレット」

2022年10月08日 18:00

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